遥かなるオレゴントレイル
朝方、結構寒く、特に妻が一番寒い思いをしたようだ(申し訳ない)。サイトからはすぐ目の前に氷河が見える場所。寝袋は5℃までOKのもので、下には厚手のエアーベッドとその上に毛布を引き、寝袋の上にも毛布を掛けたが、朝方は寒かったようだ。この時期のキャンプにはご注意を。
朝から今日は天気が良い。テントを片付けた後はSignal Mountain Lodgeの昨日のレストランでブランチ。オムレツとパンケーキを頼んだら想像以上の量が…でも美味しかったです。
おなか一杯になりながら、すぐ近くのSignal Mountainというとても見晴らしが良いらしい山に車で登る。途中の道にはルピナスなどが咲き乱れ、頂上から見るJenny LakeとGrand Tetonの山々も確かにいい景色だった。


今日はGrand Tetonを後にし、夕方にはWyoming南部のRock Springsに宿泊予定。よって昼過ぎには公園を出ることにした。Signal Mountainから南の公園入口にあるDornansで小休憩。ここは公園外の私有地らしく、お土産ものや食事処やガスステーションなど充実。とても見晴らしが良い場所で、国立公園への土地の売却に応じないそうだ。儲かってそうである。
Grand Tetonの南のゲートシティーであるJackson Cityに2時頃到着。写真はJackson Cityにあるエルクの角で作られたゲート。
これからは長距離ドライブだ。実は本来の予定ではフォッシルビュート国定公園で化石発掘に参加する予定だったのが、子供が年齢制限の関係で参加できそうにないのと、夜Rock Springsに着くのが相当遅くなるという理由で、予定を変更。Jacson Cityから直接Rock Springsに向かうことにした。この道が長い…約5時間の予定。
それにしても、行けども行けども到着しない。当初は結構な山間を走る曲がり道が続いた。しかも途中工事していたり遅い車でスピードが出せなかったり。フリーウェイを走るのと一般道の山道を走るのでは出せる平均速度が最悪倍ほど違ってくる。しかし、今日のハイライトはここからだった。途中から景色が一変して驚く。SeattleからMontanaを抜けてWyomingのYellowstone-Grand Tetonまではなだらかな丘が緑に包まれた美しい風景ばかりだったが、Wyomingでも中部から南部に掛けての地域は、Pinedaleという町を抜けた辺りからはまさしく荒野、というべき風景が続いたのだ。そこはWyoming Basinと呼ばれる荒れ果てた大地。その昔、オレゴントレイルで西部を目指した幌馬車隊は、この辺りを通ったのだという。何故知ったかといえば、道の途中に案内板があり、実在のオレゴントレイルが残されているからだ。
実はオレゴントレイルはNorth WestのSeattle/Portland辺りにいると馴染み深い。それは1800年代初頭に、初めて西海岸の太平洋まで辿りついた探検隊がルイス&クラークという探検隊で、彼らは先住民族の先導の元、コロンビア川を下るという方法で成功したからだ(コロンビア川はNorth Westを貫く大河でワシントン州とオレゴン州の境目にある)。その後、1840年以降に土地や金や宗教上の理由などあkら、開拓時代に西部を目指した幌馬車隊は、陸路で西海岸を目指した。その時に使われた道がオレゴントレイルだ。(もっと詳しい説明はこちら。面白いので読むのをお勧めします。)
オレゴントレイルといっても整備された道ではなく、何十万人と馬車(実は牛車だったようだが)が踏み鳴らしただけの道だ。その道を、現在は車が通るハイウェイがクロスしていく。時速100キロ以上で走っても何時間も掛かる荒野を、幌馬車(実は牛が引いていて、人は歩いてオレゴントレイルを牛と一緒に通ったそうな)が何ヶ月も掛けて通って行ったかと思うと気が遠くなりそうだ。そんなことを感じる場所だったが、私達以外に立ち止まる車は無かった。もしWyoming Basinを通る機会があれば、Historic Pointの案内板を良く探してほしい。Oregon Trailという案内があるはずだ。
Rock Springsに到着したのは7時過ぎだった。娘のマイブーム、プールに一緒に入り、はしゃぎまくってくたくたになり、モーテル併設のレストランで夕食を取り、早めの就寝となった。今日は色々とあって疲れた。





