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2006年07月01日

お勧め!デリケートアーチトレイル

それにしてもArchesも暑い。Zionほどではないにしても結構な暑さだ。昨日の突風と言い、国立公園の天候はどこもダイナミック。今日は一日Archesの見所をまわる予定だが、ちょっと暑いので午前中はゆっくりとMoabで食事とショッピングなどをして過ごす。ブランチに行った北欧風の店のオムレツが美味しかった。

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午後から国立公園へ。Visitor Centerは新設されていて大変綺麗。ここも同じく暑いので、水筒に飲み水を補給したら既に温い水だった。例によってJuniorRangerのActivity bookを貰い、お勧めのトレイル情報などをレンジャーに聞いて出発。まずはウォール街という場所に向かう。
行ってみると、うーん確かに高層ビル群に見えなくはないが…という感じ。それよりも何故このように薄っぺらな岩が出来上がるのだろうかという点が不思議。

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アーチーズは思ったよりも広く、公園入り口(ほぼ1箇所)から北端のデビルズガーデンDevils Gardenまで走ると1時間弱掛かる。ウォール街の次に行ったのは有名なバランスロック。こんな写真の岩なので、見たことがあるかも知れない。

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この岩の下を歩いてぐるっと回るトレイルがあり、そこを歩いてみた。歩いてみると、実はこの岩の写真はある方向から見たときの絵であることが良く分かる。90度違う方向から見ると全く違うシルエットになる。それだと印象が薄いので、皆上記の方向から眺めるというわけだ。トレイルは短く、歩くと道沿いに見学者が回りの石を積み上げてミニバランスロックにしてあってちょっと面白い。

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それにしてもアーチーズの岩は芸術的だ。例えるなら、とても不思議な岩の彫刻がならんだ美術館のよう。穴が開いた岩がこんなに集中して存在するのは世界でもココだけらしいが、そう聞いてみても何となくピンと来なかったが、実際に見るとこの場所が何処とも違うかなり変わった場所だと実感する。

次に行ったのはノースウィンドという大きな岩に空いた大きな穴。写真に写る人の大きさと比べると分かるがかなりデカイ。この穴の中まで歩いて登れるので行ってみたら、気持ちの良い風が吹いていて前後にはArchesを見渡せるポイントで、気分爽快だった。

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この後、かなり暑くて疲れて来たので、水分を補給しつつ車で公園北端のDevils Gardenまで移動。明後日のキャンプ予定地を下調べ。綺麗なサイトで過ごしやすそうだったが、この暑さと旅の予定を変更するかどうかの判断から、ここに泊まるかどうかは明後日当日に決めることに。Devils Gardenにはランドスケープアーチという薄くて細長い岩のアーチがあるが、午前中の見学がベターということで明日に。今日の夕方はデリケートアーチのトレイルを歩くことにした。

「このトレイルを歩かなければアーチーズに来たと言えない」とバイブル本で断言されているトレイル。歩くだけで往復2時間のトレイルを夕暮れ前に出発し、デリケートアーチが夕日に染まるのを見るのがベストらしいが、3歳児連れの我が家は娘の疲れ具合や夕食と就寝の都合を考えて夕暮れ時にはトレイルを終えて帰路に着くことにした。

出発したのは4時頃。Zionでの反省からたっぷりの飲料水とチョコレートやビーフジャーキーなどの保存食を持って出発。このトレイルはなだらかな坂になっている岩肌の斜面を黙々と登る30分余りの区間が一番キツイ。超えたと思ったらまだ続くトレイルに嫌気がさすが、そこを超えるとトレイルは大きな岩壁を右手にしながら、左は崖(特に危なくは無い)の右曲がりの道を歩く。そして右手の壁が切れた後、突然デリケートアーチが眼前に姿を現すという心憎いルート設定になっている。

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まず、その大きさに驚かされ、思いのほかきつかったトレイルの疲れも吹っ飛ぶ。私たちが着いた時はたまたま先客が数名しかおらず、この岩の芸術を独り占めしているような気分になった。娘を担ぎっぱなしで1時間20分ほど歩いたのでヘトヘトとなり、しばらく水分とカロリーを補給しながらボーっと見つめていた。風も無かったので、ほとんど音のない空間で、夕焼けには染まってはいなかったが快晴の青空にくっきりと映えるアーチは想像以上に美しかった。
デリケートアーチは、手が触れる場所まで歩いて行く事が出来る。近くに行っても、触るという発想が起きないほど美しく、歩いていって色んなポーズ(?)を取りながら写真を撮ったりして30分以上過ごした。
帰りは下りばかりなので半分の時間で戻った。往復2時間の距離だが、暑さとずっと続く坂道で、予想外に疲れた。多分長旅の疲れもあったのだろう。

夜は疲れた体にはアジア料理ということで昨日と同じ中華料理。今日は野菜中心のメニューであっさり行ったが、白菜と干しえびのあんかけがとても美味しかった。
思った以上の美しさと、アクセスの悪さから意外と行った人が少ない国立公園であることから、アーチーズは私の中ではかなりお勧めな場所となった。やはり「デリケートアーチを見ずしてはアーチーズの半分も見たことにならない」と言えそう。明日も楽しみだ。

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2006年07月02日

キャニオンランズからの脱出

午前中に歩くのが良いというアドバイスも、我が家の寝坊癖の前には何の役にも立たない。おにぎりを作ったりしたのもあるが、国立公園+トレイルの旅に十分な休息は必要不可欠なのだ(いや本気で)。相変わらず遅めのCheck-outで10時に出発。まずはDevils GardenのランドスケープアーチLandscape Archを見に行く。

Devils Gardenは公園最北にあるので、行くだけで1時間ほど掛かる。11時頃に何とかトレイルを歩き出した。Landscape Archに行くまでに、途中道を少し外れて別の見所(岩に空いた穴ばかりだが)を見て歩く。何故か今日は娘がとても歩きたがるので、炎天下の中ゆっくりと歩を進める。途中、テキサスで日本企業の現地研究者として働いているという人と出会う。テキサスから車でグランドサークルまで来て国立公園を回っているのだそうだ。同じく幼児連れ。こういう在米日本人家族って良くあるパターンなのだろうなぁ。

ゆっくり歩くこと1時間半。炎天下なので逆に疲れたが無事にLandscape Archに辿りついた。一番近い展望ポイントまで行って下から見る感じにしないと、写真のようには見えない。このアーチの興味深いところは、近年その中心から少し左の部分が暑さ数m、幅十数mにも渡って剥落したという事です。その決定的瞬間はVisitor Centerのビデオで見れますが、このアーチはいつ無くなってしまっても不思議ではないのだそうです。ひょっとしたら私が次に来る時(あるのか?)には無くなっているかも知れない。そう思うと特別な気持ちで見ることが出来ます。皆さんもなるべくお早めに。

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さて、主な見所は見終えてしまいました。まだファイリーファーニスという許可なしでは歩けない迷路のような岩石郡とか、普通車では通常通れ無いダート道とかもありますが、子連れではココまでです。

ここで、今日は本来キャンプの予定でしたが、キャンプを中止してモーテル泊まりにし、午後からは隣のキャニオンランズを見に行くことにしました。実は、この旅行では南はグランドキャニオンのサウスリム辺りまでしか行かない予定でしたが、旅の途中でN君に会ってカールスバットに行ったという話を聞いてから、その強行日程ぶりから一度は諦めたカールスバットへの興味が再燃。なんとかサウスリムに着く日は変えずに、行けるように予定を変更したのでした。
キャニオン・デ・シェイやフォーコーナーズや化石の森を諦め、代わりにカールスバット(コウモリ洞窟)とホワイトサンズ(純白の砂漠)とサワロ(サボテンの森)に行くことにしたので、その為にはアーチーズでのキャンプを諦め、キャニオンランズは今日中に行ってしまう必要があるのでした。

キャンプするにはややお疲れの妻も、コウモリ洞窟には興味は無いが貴方は言い出したら聞かないからということで何とか了解。夕方前にキャニオンランズに向かいました。出来ればアイランド・イン・ザ・スカイという絶景ポイントまで見て回るつもり、でした…

ここで、私はやらかしてしまいました。キャニオンランズに入って坂を上って行く途中、残りのガスがとても少ないことに気がついたのです。Visitor Centerにも残念ながら給油所はありませんでした。時間はもう夕方で、戻って給油していてはもうキャニオンランズを見て回るチャンスはありません。
国立公園でガス欠になり夜を迎えるなんて最低です。そんな状況には陥りたくないと思いつつ、ガソリンの減りを見ながら速度を落としてノロノロ運転(省エネ運転のつもり)で進むことにしました。ガソリンは何とか持つだろう…と。

途中の展望台から見た風景。あまりに巨大な峡谷に驚き。真ん中に一本続くダート道はオフロード車が国立公園を横切るときのために設置されている。

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何とかグリーンリバー展望台まで到着。ハエが多いことを覗けば展望台からの景色は圧巻でした。

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さて帰ろう!と車を動かすと直ぐに給油ランプがついてしまいました。やばいと思いつつも、これで帰るしかありません。幸い帰りは下り道。少しでも省エネ運転でと思って、途中一直線の坂道ではギアをニュートラルにしたりとごまかしながらの運転で、何とか無事に帰って来れました。やれやれ。もしガス欠になったら一生笑われたことでしょう。
キャニオンランズにはオフロードのメッカだというニードルズとか迷宮のようなその名もメイズと場所があるらしいのですが、あまり見れなくてちょっと残念でした。

夕食は三度同じ中華料理屋で。今日は赤いあんかけ(?)チキンをサービスしてくれました。同じサーバーのおっちゃんでしたが、ひょっとしてこの人がミスオーダーばかりするのでしょうか??

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宿はMontecelloのモーテルに。到着するとプールに行きたがる娘と一緒に9時頃(遅!)に遊びに行きました。何故か洗濯機のような細かい泡が出るジャグジーがあり、娘はそれを気に入ってしまって長めに遊んでしまいました。夜の9時から遊び始めて1時間程度。結局寝たのは12時前になってました。

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2006年07月03日

メサ・ベルデでインディアンの歴史に興味深々

今日も充実した(?)スケジュール。メサ・ベルデに寄りつつ、Durangoで宿泊予定。少し早めにモーテルを出発し、メサ・ベルデに向かう。途中、妻が運転を代わってくれたのだが、分岐点で危うく道を間違いそうになり分岐帯にぶつかりそうになり、それ以来この旅で二度と運転することは無くなった…

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メサベルデには昼過ぎに到着。思った以上に何も無いところだが、ちょっとした高台にある公園だから景色は良い。でも何も見えない。Visitor Centerは小さいものの見晴らしの良い場所に立っていた。ガイドブック等を入手し、ちょっとした質問をレンジャーにした後、昼食はVisitor Centerの近くのカフェで済ませる。2時頃に、最初の見所であるチェイパンメサのスプルース・ツリー・ハウスSpruce Tree Houseに到着。ここはインディアンが断崖住宅で住んでいた場所で、ちょっとした渓谷の下に見える断崖住宅に実際に入ることが出来るのだ。

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渓谷の下までは短いトレイルを歩く。このあたりは高度が高いためか、日陰だと丁度良いぐらいの気温となる。この日はやや曇りで天候も所により雷雨という雰囲気だったのでトレイルは快適に歩けた。到着してみると、遺跡は大変保存状態がよく、初めてみるインディアンの住居は見ていて飽きなかった。

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ここは世界遺産(1978年アメリカでは最初の世界遺産だったらしい)らしく、さすがに観光客が多かった。遺跡の周りには実は黒山の人だかりが…

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よく見ると、人が集まっていた場所では、何やら地下に続くはしごを降りていく人がいた。どうやら足元に部屋があり、そこへ入れるようだ。この部屋はキバと言い、タバコを吸ったり談笑したり宗教的な儀式を行う場所だったそうだ。男性のみ入室が可能で、ちょっとしたサロン(?)のような社交的な場所だったらしい。2つ上の写真で地面からハシゴが出ているが、これがキバで表面上はこんな感じだ。この断崖住居には3・4つのキバがあり、中規模の大きさだったらしい。
思いがけず遺跡の中をじっくりと堪能出来たのが面白かった。谷の上には博物館もあり、インディアンの住居がどのように高度になってきたかが理解できるのも興味深い。

気がつくと夕方前。天気も荒れてきて、ちょっとした局地的豪雨の様相。ちょっとアラレまで降ってきたが、少ししたら雨は上がった。その他にはクリフパレスCliff PalaceなどもサンポイントSun pointから眺めたが、遠くからみるだけしか出来ないので、一番の見所はやはりスプルース・ツリー・ハウスだろう。

すっかり夕方になったので、公園内で夕食を取ることに。場所はFar View Motor Lodgeという園内唯一の宿。Visitor Centerの近くにあり、食事がおいしいと評判だと紹介があったので行ってみた。席待ちをしている間に、夕暮れ時の園内を見渡すと雨上がりの虹が出ていてとても綺麗だったので1枚撮影。

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夕食も想像以上においしく、この公園に来たら是非ここで夕食を取ることをお勧めします。何せ周りには何も無く、町まで行ってもあまり味に期待は持てないので。

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夕食が終わると外はもう日が沈みかけていた。何だか不思議な空模様。薄暗い道を走っていると、頻繁に野うさぎが道を横切り危うく轢きそうになるので怖い。アメリカの道ではよく轢かれた動物が野ざらしになっているが実際に当ててしまったら気分は良くないので当てたくない。

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公園を無事に出て、後はDurangoまで行って宿で就寝…となるはずだったのが、実はここから一騒動。夜の10時頃にDurangoに着いて予約してなかったのでモーテルを適当に探していたら、何処に行っても満室満室。おかしいなぁと思っていたら、他にもモーテル探しをしている人がホテルの人に何故?と聞いているのを立ち聞きしたら、どうやらこの日の前後にカーレースの大きな大会があるらしく、それでモーテルは何処も一杯なのだとか。それは困ったということで、近くの町にある系列モーテルを紹介してくれとせがみ、1時間南に走った名も覚えてない町まで移動して、やっと寝ることが出来た。

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2006年07月04日

もう一つの世界遺産 チャコ・カルチャー

今日も結構な移動と遺跡めぐり。最近は移動+トレイルという行動パターンがすっかり板につき、途中で昼ご飯を食べながら運転するのもお手の物だ。今日の昼ご飯はSubway。ここのチキン照り焼きサンドを娘がいたく気に入り、その後の昼飯としてちょくちょく同じものを頼むことになった。

チャコカルチャーはメサ・ベルデと同様、世界遺産。メサ・ベルデでも説明が少しあり、チャコカルチャー(850-1250年頃)の方がメサベルデ(1400年頃)よりも歴史が古く、断崖住居とは違い平地に建つより巨大な都市だったという。その説明を聞いて是非行ってみようと思ったのだが、チャコカルチャーはとてもアクセスが悪い場所にある。メサベルデからアルバーカーキーを経由して南下する私達には通り道だが、通常は不便な場所なのであまり人も行かないようだ。

US-550を真直ぐ南東に走り、ハイウェイの看板に沿って道を外れる。ここからは途中未舗装の道路を土煙を上げながら走り、ハイウェイを外れること1時間ほどで公園に到着した。

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遺跡につくと、まずはVisitor Centerで見所をチェック。どうやらメインはプエブロボニートPueblo Bonitoという遺跡のようだ。時間も限られているので周遊道路で公園内を一周しながら、ここだけ下車して見ることにした。

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プエブロボニートに着くと、まず遺跡の大きさに驚く。メサ・ベルデと比べて遥かに大きい。中の見学も可能で、ちょっとした迷路になっている。この場所には平地に立てた2・3階建ての都市が存在し、メキシコや東海岸の村、遠くはアラスカなどとも交易があったらしい。キバの数も大きさも、メサベルデよりもずっと大規模だ。

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想像以上の規模にすこしビックリ。保存状態は良くないが、ここに3階立て程度の巨大な集合住居が建っていたと思うと一見の価値がある場所だと思った。

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今日の夜はアルバカーキー。US-550を南下していると、何やらとても怪しげな雨雲が先に見える。と思っていたら案の定落雷。この辺りは見晴らしがよく、時々起こる夏の落雷をよく目にする。ずっと真直ぐな道を飛ばしていると、右でピカッ!左でピカッ!と落ちて面白い。時には前が見えなくて減速せざる得ないぐらいの集中豪雨にも見舞われる。夏の天気は変わりやすいようだ。

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アルバカーキーは夕方頃に到着し、モーテールはいつものBest Western。Check-inの後、夕食を食べに都心に繰り出す。実は今日は独立記念日なのだ。その関係で花火などのイベントがあるらしく、Best Westernの人に情報を貰い、会場へと向かった。
しかし天気は、雨は降らないものの雷が遠くで鳴り続ける悪天候。日本だと花火大会は雨があると中止になったりすると思うが、アメリカでは違うのかはたまた雷が落ちない確信があるのか、花火大会は開催される予定らしい。

会場近くに着くと大変な渋滞。これではいつになったら会場に入れるのか分からない。しかも夕食は会場で食べようと思っていたので、このままでは娘が腹を空かせて暴れだしそうだ(雷よりも恐ろしい)。仕方が無いので、近くのBurgerKingというハンバーガー屋で済ますことに。この店は見晴らしの良い場所にあったので、食事をしている間に花火大会が始まり見ることが出来た。打ち上がる花火の後ろでは遠くに雷が落ちまくっている不思議な光景…花火よりも1分おきに落ちる雷のほうが大迫力だった。(写真が撮れなくてお見せできないのが本当に残念。凄い光景でした。)

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2006年07月05日

純白の砂漠 ホワイトサンズ

アルバカーキーと言えば、私にとってはマイクロソフト創業の地というイメージしかない。実はそのビルがどこかに保存されてあるらしいのだが、時間が無くて調べられなかった。家族も特に興味は無いらしいので、さっさと南下を開始。アーチーズからどんどん移動距離をかせぎ、等々New Mexicoの南端Las Crucesまで至り、ホワイトサンズに寄り、その後はUFOで有名なロズウェルで宿泊予定。結構な移動距離だ。昼ご飯は初Denny'sにしたが、予想通り不味くもなく美味しくも無かった。

今日の移動は長い。Las Crucesまで3時間ぐらい、その後ホワイトサンズまで1時間ぐらいだったろうか。途中昼食と給油やトイレ休憩などを挟み、出発から5時間ぐらいかかる。Las Crucesから東に峠を越えると、そこはだだっ広い盆地。峠からは道がまっすぐに何十kmも続いているのが良く見える。この盆地の遥か北の砂漠では、世界で始めての原爆実験が行われた場所があり、そこへの立ち入りは年に1回(?)だけ許されるそうだ。そんな話を聞くと、より一層荒涼とした荒野に見えてくる。
道がずっと真直ぐで、気がつくと時速90マイル(約140km)を超えていた。危ない。この道ではよく検閲ゲートが開かれているそうだ。軍事施設があるかららしく、実際に我々もホワイトサンズの南手前で検閲ゲートをくぐった。軍人らしき制服の人が、旅の目的を聞いてきたり何処に行くのか何処から来たのかと質問してきた。パスポートも提示が必要だったり、質問が結構真剣なので、やはり何か重要な施設があるのだろうと思わせる。

検問の直ぐ隣に、ホワイトサンズの公園入り口があった。

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ここの公園は「地球の歩き方 ~ アメリカの国立公園」という本を読んだ時、最も印象に残った場所のひとつ。真っ白な砂が連なる砂漠以外何も無いその風景を一目みたいと思ったものだ。

公園内は大方車で回る事が出来る。特に7月に行った私達は暑かったこともあり、行き止まりにあるハート・オブ・ザ・サンズという白い砂漠にあるピクニック場券駐車場で車を停めて砂丘を少し登るだけにした。本当は砂漠を歩いて回ると、この地の生態系が良く分かるということだが、途中の道からでもユッカ(写真)などの植物は数多く見ることが出来た。

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Visitor Centerでは何故ホワイトサンズが出来上がったかの説明展示が色々ある。このあたりも以前は海の下であり、そこが隆起して盆地となり雨風で山から流れ出た石膏が積もって砂丘となったのだとか。風で盆地の低地に集まった白い砂漠(=石膏の砂丘)は南西からの風で今も北へと移動をし続けているらしく、ユッカなどの植物も同じように移動しているのだそうだ。

ハート・オブ・サンズに着いた。ここはどんな場所か、それは言葉よりも絵で見る方がずっと伝わる。

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ピクニック場でもあるため、日よけとテーブルが用意されているが誰がこんな所でピクニックをするのだろう…と思っていたら先約の訪問者がピクニックをしていた。恐るべしアメリカ人。

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砂丘を登ってみた。娘はもう車を降りる前からはしゃいでいて、降りるなり砂丘に突進して登り始めた。見渡す限りの砂場に興奮(?)したらしい。

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砂丘の上まで登って、北のほうを眺めてみる。どこまでも続く白い砂漠、それしかない。360度見回しても同じだが、西と東には盆地を囲む山が見える。とにかく真っ白だった。

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石膏の砂丘は、実際には恐ろしく決めの細かい砂で、粉ではないので服に付着したりはしない。

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砂丘にくればよくやる砂でのお絵かきなどをしてひとしきりはしゃぎ、あまり長くいると重度の日焼けになりそうなので車に戻った。

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夕方頃、ホワイトサンズを後にし、近くの町で中華料理で夕食。その後、ロズウェルまでは結構遠く、2時間ほど掛かった。ロズウェルはUFOの町で有名だと聞いていると、夜にロズウェルの町に近づくと何も無い荒野に町の光だけが浮かび上がるので、その様は何となく宇宙船っぽく見えるような気がした。

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2006年07月06日

コウモリ洞窟と落雷

朝起きて、体に何も異常の無いことを確認。ここはUFOの町ロズウェルだから何かあっては…ってな事をやるわけが無い。UFOに興味はないが、折角New Mexicoまで来たのだからどんな町かと思って立ち寄っただけだ。朝になって町に出てみると、想像以上に何も無い町だと判明。こんな場所ならUFOで町おこしというのもうなずける。

ロズウェルには町の中心にUFO博物館がある。いわゆるロズウェル事件を中心にロズウェルとUFO事件の歴史を展示している。

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ちなみにロズウェル事件とはこんな事件(Wikipediaより引用)

1947年7月2日、ニューメキシコ州ロズウェル近郊にある牧場で鈍い爆発音を聞いたマック・ブレーゼルが、爆発音がした方向に車を走らせると、牧場内に金属片が散乱していたため、その金属片を回収し地元警察に持参した。その後地元警察はロズウェル基地にUFOの墜落を報告、即座に陸軍航空隊の調査部が牧場に急行し、墜落したUFOの調査と回収を行った。なお、UFOが墜落していく様子はロズウェルの多くの住人に目撃されていた。

その後、ロズウェル基地付け報道官のウオルター・ハウト陸軍中尉が「陸軍航空隊がロズウェル近郊の牧場に墜落した円盤型のUFOを回収した」と発表した。当然この報道は瞬く間に世界中を駆け巡ることとなったが、それから数時間後に、今度はロジャー・M・レーミー空軍准将が「先にロズウェルに墜落したのは軍が使用している気象観測用の気球で、それをUFOと見間違えてしまったのが原因」と先の報道を全否定するような発表を行った。しかし、軍民問わず大勢の人がこのUFOが墜落する様子や、現場に散らばる残骸を目撃していたにもかかわらず、回収に当たった軍関係者が急に口をつぐんだり、第一発見者のブレーゼルに直接インタビューを行うことで事件の謎を解明しようとした地元のラジオ局が「もし放送したら放送免許を剥奪する」と政府の通信委員会から警告を受けるなど、不可解な出来事が相次いだ。

ロズウェルUFO博物館さらに事件から50年近く経った1995年になって、ハウト陸軍中尉自身が「軍の上層部からの圧力で発言を変えた」と発言。同年には「ロズウェル事件の際に回収した異星人の解剖フィルム」なるものまでが現れ、その2年後の1997年には、報道の高まりを受けたアメリカ政府がわざわざ「当時墜落したのは実は秘密実験に使用されていた気球で、後に発見された異星人の死体と言われるものは高高度での人体への影響を調べるための観測用ダミーである」と公式にロズウェル事件を否定する正式報告書「ロズウェル・リポート」を公開するなど、未だに世間を騒がせ続けている。

(以上、Wikipediaより引用

で、博物館はというと…あまりにも古びていてびっくりした。人もあまり居なかったし。その哀愁漂う雰囲気が、ある意味趣すらありました。

今日のメインはUFOではなく、カールスバッド洞穴郡国立公園にて洞窟見学とコウモリの飛翔を見ること。わざわざ旅程を変更してここまでやってきたのはこのコウモリの飛翔をみるためなのだ。

ロズウェルを12時に出発する予定だったが、娘が昼ご飯でぐずったりしたので出発は1時頃。この旅では最も東を走ることになる。ここから先はテキサス州でその先は大草原があるはずだ。回りには山というものが全く見えず、どこまでも平らで乾燥した不毛な大地が広がっている。

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カールスバッドに着いたのは3時頃。この辺りには独特な植物が生えている。写真はオコティヨという植物で、サボテンとは違うのだそうだ。

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ちょっと天気が悪くなってきたが、目的地は洞窟なので問題はないだろう。Visitor Centerには沢山の車が止まっていて人気が伺える。レンジャーに聞くと、コウモリの飛翔の見学は7時頃からだそうだ。それまで洞窟を見学しようと思ったら、なんと洞窟の入り口が3:30に閉じてしまい、寸での差で間に合わなかったのだ…30万羽のコウモリが眠る場所を通り、洞窟奥深くまで歩く予定だったのに…昼のロスタイムが悔やまれました。

しかしこの洞窟の入り口は2つあり、コウモリの寝床は見れませんがエレベーターで洞窟のメインであるビックルームという場所まで降りることが出来ます。とりあえず洞窟見学は出来るということなので日本語音声ガイドの機械をレンタルし、エレベーターで一気に地下230mの世界へ。着いた場所にはビッグルームの入り口。地下カフェテリアがあり食事が出来るそうだが時間が無くて断念。エレベーターを降りたところからビッグルーム内を回るトレイルが始まっている。
ビッグルームは一つの地下空間としては全米最大、世界でも最大級だそうだ。レンジャーの説明では、大きさと美しさでは世界一だと自画自賛。実際、他の国の洞窟でこれだけ整備されて誰でも見れる場所は少ないだろうから、見学のしやすさと大きさと美しさを考慮すれば世界一の洞窟なのかも知れない。

トレイルに沿って歩くと色んな鍾乳石が見れる。太陽寺院・要請の国・トーテムポール・人形劇場などの名前が付けられているが、正直「その通り!」と思う名前はあまりない。しかし本当に美しく神秘的な鍾乳石の造形は見ごたえがある。

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洞窟の中は光が弱く、また広いためにフラッシュも届かないので写真がうまく撮れなかった。実際はもっと鮮やかに見えてました。
洞窟の探検は、初期には写真のようなハシゴを使って下に下りて行ったそうだ。これは実際に使われていたもの。

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結局2時間弱ほど洞窟内を歩いて回った。レンジャーの説明では、洞窟内では人間の出すちょっとした埃であっても外に出ることは無く環境に与える影響が大きいらしく、この景観もいつの日か見れなくなってしまうかも知れない。
6時頃には洞窟からエレベーターで地上に上がる。夕食をカフェテリアで済ませ、7時にはいよいよコウモリの飛翔を見るための集合場所に移動した。

コウモリの飛翔は洞窟の入り口に設けられた半円の展望エリアで見れる。既に多くの人が集まり会場はほぼ満席。レンジャーがコウモリに関する説明をしつつ、飛翔を待っていた。見学に際してはカメラ・ビデオ等での撮影は一切禁止となっていた。
ところが、空模様がどんどん悪くなり、雨がポツポツと降り出した。レンジャーが何やら無線で連絡を取り合っていて、結局落雷が確認されたということで何と飛翔の見学は中止となってしまった。何てことだ、この旅の最大の楽しみの一つが天候不順で見れないとは…
そうこうする内に雨は激しさを増し、とうとう土砂降り気味になってしまった。これではコウモリも飛翔しないので仕方が無い。私の落胆は大きく明日も夕方まで待とうかと考えたが、その後の日程を考えると無理がありすぎるので泣く泣く断念。El Pasoまで夜道を飛ばして公園を去った。
カールスパッドのコウモリの飛翔の最盛期は通常8月らしい。子供を連れたコウモリの総数は30万羽を数え、とぐろを巻いて飛んでいく様を見れるのだ。今回は参加できなかったが、本格的な洞窟探検などもツアーで参加できるようなので、カールパッドのコウモリの飛翔は、生涯行ってみたい目的地の一つとして、また再度やってきたいと思った。(それにしても本当に残念だ)

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2006年07月07日

サボテンの森 サワロ国立公園

El Pasoで泊まったのは安モーテルのTravelodge。他の町でもTravelodgeに泊まったことはあり、その時はまぁ値段なりの内容だったが、El Pasoでは朝食はカロリーバーのみという内容で参った。ひどい朝食で朝からブルーだ。

El Pasoはアメリカとメキシコの国境近くの町。町を去る前にメキシコ国境の通関ゲート手前まで行ってみた。写真の橋の向こうはもうメキシコ?看板もエスパニョールが入り、異国の風情を漂わせている。

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思えばカナダに近いシアトルからここまで、あちらこちらによって旅したので5000milesほど走った。これで北米(アメリカ)は縦断したことになる。丁度一ヶ月での縦断、長かったようなそうでもないような気がするが、ここはまだ折り返し。これからまた寄り道しながら1ヶ月弱でシアトルまで戻るのだ。今日はPhoenixまでの移動、途中サボテンが沢山あるサワロ国立公園に立ち寄る予定。

今日の移動は長い。6・7時間位は掛かるだろうか。そして道は真直ぐ伸び、容赦なく照りつける太陽となんとなく荒廃した風景が続く。シアトルが如何に森と湖と山と川に囲まれて美しいか、とふと懐かしくなった。El Pasoはこんな感じ…

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そして、どこか途中の町で食べた食事はこんな感じのメキシコ料理。何とかラップ(写真上)とナッチョ(写真下)だったが、とてつもなく辛い!ビックリするほど辛い。室内のエアコンが効きすぎなのはその為だったのだろうか。ナッチョは悪くないと妻も申しておりました。

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昼ご飯を食べて運転再開。ただ真直ぐ走るだけの道は退屈なので、途中行きかう車やバスを眺めたりして気を紛らわす。写真はグレイハウンドというアメリカ中を走る長距離バスの写真。乗ったことはないが、きっと貧乏旅行でアメリカを回ったりするなら重宝するだろう。昔タイで夜行バスに4回乗ったが、夜中中対向車線にはみ出して追い越し運転するので怖かった思い出が…

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サワロ国立公園についたのは4時ごろ。ちょっと曇り空でした。

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公園に近づくにつれて少しずつ増えるサボテン。日本でみる小さなものではなく、2・3mはざらで中には5-10mにもなる物もあり、ちょっと驚き、感動します。それが山肌一杯にキョキニョキ生えている光景は確かに特異で、ここが国立公園になったのも納得。

園内は車で回れるドライブルートがあり、そこを走りながらサボテンを見ます。面白いのは、サボテンが様々なポーズを取っている(様に見える)こと。娘は「あれはパパサボテン、こっちはパパサボテン」と異常に嬉しそうにはしゃいでいます。確かに色んな形があってつい色んなサボテンの前で車を停めてしまいます。勿論(?)、お約束でサボテンを同じポーズをして写真を撮ったりしました。

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サボテンが西部劇で登場するシーンがイメージにありましたが、実は西部劇の撮影で中心となったモニュメントバレーなどにはサボテンは生えていません。がしかし、絵葉書などではサボテンとグランドキャニオンとか、サボテンとモニュメントバレーとかセットで描かれています。どちらもアリゾナ州にありますが、実際には存在しない風景だそうです。。

小さな公園なので、2時間もすると見るものが無くなります。今日はさらにPhoenixまで走るので、日が暮れる前に公園を退散。また1時間強のドライブをこなし、夕暮れ時にはPhoenixに到着。全米で最も暑い都市のひとつであるPhoenixですが、着いたのが夕暮れだったのでそれほどでも無く、ダウンタウンでレストランを探しますが、これが中々見つからない。数十万都市とかになると町も大きく、どこに繁華街があるのか地図からは分かりにくかったりします。小さな町の方が、逆に全ての店はメインストリートにある!ので簡単なのですが。
何とか見つけたショッピングモールのレストランで食べた料理は中々イケました。

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2006年07月08日

隕石クレーターとグランドキャニオン

朝、モーテルの外に出てビックリ。Phoenixの暑さは尋常ではありません。まさに殺人的。停めておいた車の中はどこも暑くて触れないほどでした。こんなに暑いとは…
もう1ヶ月ほど華氏110度(摂氏35度)を超える日が続きっぱなし。しかもアメリカの太陽光線は日本よりずっと強烈(空気の透明度が高いので。景色は良いがお肌には最悪)なので、ちょっと外に出ているだけで日射病になりそうです。何故Phoenixはこんなに暑いのか知りませんが、早く町を立ち去ろう!ということで早めに出発しました。

今日は隕石が落下して出来たクレーターを見て、いよいよグランドキャニオン(サウスリム)に着きます。

今日も長時間のドライブ。行きかう車を見ていると、なんと軍用車両が走ってます。写真はトラックですが、驚いたのはその後にロケット弾を撃つのに使いそうな火器車両も公道を走っていたことでした。

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Flagstaffまで2時間ほど走り、そこから東に1時間程度で今日のメインであるアリゾナ大隕石孔国定記念物に到着です。フリーウェイで看板を見つけ、右折してずっと平らで何も無い大地を走っていくと、少し遠方に小高い丘が見えてきます。そこが目的地。
ここはある人物が隕石が落下して出来た穴に違いないと確信し、自費で土地を買い取り調査を開始してその後隕石が作ったクレーターであると科学的に立証された場所だそうです。国立公園ではないので入場料が必要。これらは公園の維持と研究活動のために使われるのだそうです。

料金を支払いゲートをくぐると展示館があり、クレーターが出来た時の隕石の衝突の様子を映像にしたものとか、クレーターから発見された数々の石や発掘研究の歴史などが学べます。結構見ごたえがあり、気がつくと1時間ほど中にいました。

展示館を出ると、クレーターの展望デッキまで歩けます。クレーターはすり鉢の形をしており、展望デッキからはクレーターの様々な箇所が見渡せます、があまりにも大きいので望遠鏡を使わないと良く分かりません。

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調査は、当初クレーターの中心、最深部を掘れば何か証拠が見つかるはずだということで始まったそうですが手がかりは得られず、結局隕石は真上ではなくやや斜めに衝突したのでは?という事で側壁の一番盛り上がっている場所を掘り進むと、隕石の破片が確認できたのだそうです。

それにしてもクレーターの何と大きなことかと驚きます。

クレーターを離れたのは夕方前。そこから2時間弱ほど車を飛ばし、今度はいよいよグランドキャニオンのサウスリムに向かいました。Flagstaffを抜け、州道64号で北上するとあっさりと到着。Yabapai Lodgeという園内のロッジにCheck-in後、夕焼けを見に行きました。
グランドキャニオンを訪れた友人が、「朝日と夕日が素晴らしい」と口を揃えて言います。であれば見に行かずには居られないので、早速ポイントに行くことにしました。グランドキャニオンのビレッジ内はバスでの移動が基本となります。トラムが2系統随時走っており、Yabapai Lodgeからもカフェテリア前から出ており、またコテージ前も巡回していました。私達が泊まったコテージの前にも停車したのでそれに乗り、ノロノロと走るバスにのって到着したのはビレッジの中心部、ブライトエンジェル・トレイルという有名な谷底へのトレイルが始まるポイントです。

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この景色、やはり私の写真の腕では伝え切れてないと思いますが、雄大です。色んな渓谷を見てきましたが、「上から見下ろす渓谷」としては、ここに勝る場所はありません。夕日を見るにはここから別系統のバスにのって、ホピポイントかモハーベポイントまで行きます。

がしかし、後ろからやって来た黒く厚い雨雲がどんどんと迫ってきて、晴れていた空はあっという間に土砂降りになってしまいました。バスはポイントまで行った後、落雷の危険があるということで乗客を降ろさず人を乗せて帰ってしまいました。中には、運転手が「後悔するわよ~」という忠告も無視してポイントに留まるカップルも居ましたが、その後は本当に雷混じりの大雨となってしまいました。あのカップルは無事次のバスに乗ったのでしょうか。

残念でしたが、私達は明日の夕方も夕日を見るチャンスはあるので、カフェテリアで食事を取ってゆっくりと休むことにしました。

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2006年07月09日

グランドキャニオンの朝日

早朝、相変わらず眠くてグズる妻子を起こし、グランドキャニオンの朝日を見に行きました。行ったのは「日の出を見るのによい」と言われるグランドビューポイントGrand View Pointと「数ある展望台のなかで最も美しい」と言われるらしいリパンポイントLipan Point。車で走ること20分でグランドビューポイントに到着。日の出少し前だったが見に来ている人は他に10名程度。足元にはグランドキャニオンの深い渓谷があり、右手から日が昇るシチュエーション。
雲もほとんど無く、グランドキャニオンは谷以外はまっ平らな大地なので、日の出と共に一面が明るくなります。

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何も無い空が赤く染まっていくのがとても幻想的。しばらくすると太陽の光は谷底に徐々に降りていきます。岩は真っ赤に染まり、谷底は真っ暗。静と動のコントラストがLake Powellやモニュメントバレーの朝日とは違う印象です。

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それにしてもこの複雑な造形は川や降雨によって土砂が流されただけで出来るものだとはちょっと思えないので、とても不思議です。

次はリパンポイントに向かいました。車でさらに走ること20分ちょっと、展望台には1台しか車がありませんでした。

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このポイントはコロラド川が曲がる地点にあり、谷底まで西向きにはっきりと見渡すことが出来ます。私達が着いた頃は、半分以上まで日が差していました。そのまま谷底まで日が照らすのを待ってみる事に。日はゆっくりと谷底に落ちていきますので時間がかかりましたが、コロラド川が見えるようになるまで粘ってみました。

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どのぐらい立っている場所から離れているのか分かりませんが、既に谷の上の展望台はかなり暑くなっていました。谷底も昼すぎには展望台よりはるかに気温が上がるらしいですが、今は気持ちの良い朝を迎えている事でしょう。

ロッジに戻り、少し仮眠して昼前に起きました。お昼はエルトバホテルという「アメリカ屈指のリゾートホテル」(「地球の歩き方 ~ アメリカの国立公園」談)で昼食を取りました。サンタフェ鉄道によって1905年完成ということで、約100年前からある年季の入ったホテルです。内装は時代を感じさせる木造建築で、お昼はリーズナブルに頂けます。

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不思議とアジア人は私達以外に見かけませんでした。サウスリムには沢山のアジア人、特に日本人が多く、Yavapi Lodgeでは沢山見たのですが、パッケージツアーだとエルトバホテルには泊まらないのでしょうか。

遅めのお昼を食べた後は、ヤバパイポイントYavapi Pointまで行ってみました。ここは西洋人として初めてスペインの遠征隊がグランドキャニオンを発見した場所らしい。ここからは谷底がかろうじて見え、ファントムランチという谷底に唯一ある宿泊施設も確認できる。「地球の歩き方 ~ アメリカの国立公園」という本を読んで、このファントムランチに宿泊込みで行くトレッキングが最も冒険心に溢れ、一度挑戦してみたいと思うものだった。今回は子連れで不可能だが、今度来るときはファントムランチまで歩き+ボートでコロラド川下り、といったツアーで挑戦してみたい。

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そうこうする内に、4時ごろになってしまった。移動がバスなので時間が掛かり、気がつけば夕立が迫ってきていた。本当は夕方にサウスカイバブトレイルを歩こうと思っていたが中止。雨が夕暮れには止む事を祈りつつ、ホテルで休憩したりお土産を物色したりしていた。

夕暮れ時が迫ると、やや小降りになったのでバスに乗ってポイントに向かう。しかしモハーベポイントまで移動する途中、またもや強烈な雨と雷に見舞われる。なんとかポイントまでは到着したものの、厚い雲に覆われて夕日は見れそうになかったので、バスに乗って帰ることにした。
今日でグランドキャニオンの宿泊は終わり。明日の夜はラスベガスに宿泊予定。5時間は車を運転する事になるので、明日の夕日を見ているとラスベガス到着が夜中になってしまう。がしかし、明日の天気次第だが、やはり無理してでも夕日は是非みたい。それにしてもここ一週間ほどは本当に夕方になると天気が毎日荒れる。夏のグランドサークル周辺はどこもそうなのかも知れない。明日晴れることを願うばかりだ。

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2006年07月10日

遭難者と夕日

日の出前、起きない妻子を部屋に残し、マーサポイントまで一人で朝日を見に行く。マーサポイントはグランドキャニオンで1,2を争う展望台らしく、朝日を見に訪れる人も50人ぐらいはいたと思う。

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展望台の位置がとてもよく、グランドキャニオンをバックに写真を撮るならここが一番かも知れない。

今日はグランドキャニオン最後の日。まだトレイルを歩いてないので、是非一つは歩きたいと思い、展望が開けていて景色は素晴らしいが昼間は灼熱というサウスカイバブトレイルを昼過ぎに歩くことにした。

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この写真はマーサーポイントから眺めたサウスカイバブトレイルの一部。写真中央奥にある赤茶けた幅の狭い帯状の崖があるが、あの崖を右手の方から伝う様にトレイルが付いているのだ。確かに展望は良さそうだ…
出発は昼頃。本当は昨日の夕方に歩ければ良かったのだが仕方が無い。水を余分めに用意し、バスを乗り継いでトレイルヘッドまでやってきた。

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まだトレイルには影があるようだ。始めのスイッチバックがミュール(客を乗せてトレイルを下る)の糞だらけで臭うのには参ったが、影もあるので娘を担いで快調に歩く。途中、とても見晴らしの良い場所で休憩しておにぎりを食べる。写真中央はオニールビュートと呼ばれ、その下に見える道のようなものはファントムランチまで続くトレイル。私達はビュートの手前の岩棚まで行くことにした。

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途中レンジャーがすれ違い、何処まで行くのか、水と食料はどの程度持っているのかと質問してきた。どうやらトレイルでは毎年多くの人が動けなくなって救助を求めるのだそうだ。決して娘を背負った私が頼りなさげに見えたから声を掛けられたわけではない(だろう)。救助されるのは若者や昔鍛えていたという年配者が多いようだ。自分の体力を過信し、限界まで歩いて動けなくなるんだとか。

結局、1時間ほどで目的のシーダーリッジに到着。昼ご飯を食べて少し休憩。ここのリスは挑戦的で、常に周りをうろつき、寄ってきては食べ物を狙っていたが、こちらもお腹が減っていたので一粒も与えず(もっとも、国立公園で動物に餌を与えるのは厳禁)。食後はビュートが近くに見える展望ポイントまで行き、重い腰を上げて帰路に着いた。

帰路は思った以上にきつい。グランドキャニオンでは谷底に近づくほど気温が上がるのと、帰りは1時頃になったので、日陰がほとんど無かったのだ。「地球の歩き方 ~ アメリカの国立公園」でも日陰が全くないので夏場はきついと書いてあったがこれは本当にその通り。娘を担いで上がるからというのもある。
今までのトレイルでの経験から、あまり無理をして上がると長くもたないと悟ったので、暑いながらも適度なスピードで確実に上がっていくことにした。失敗から学び、水と食料は十分にあるので焦って上がらないことだ。

ところが、一人の若い男性が無茶なスピードで横を通り過ぎて登っていった。見ると服装はどこかのバーやクラブで着てそうな軽装で、靴も山歩き向きの物ではなかった。変な奴だなと思っていると、少し先でへばって座っていた。「水を下さい」と言うので快く分け与えるとまた急いで登って行ったのだが、また少し先で座り込んでいた。見ると手のペットボトルは空で他に水は持っていない。自分のZIONでの拙い経験から、手持ちの水筒の水でペットボトルを十分に満たして上げて、事情を聞くと何と女性の連れと一緒に前述のオニールビュートを超えてどんどん下り、彼女は足を痛めて下で休憩して助けを待っていると言うのだ。まさか本当に要救助者に出会うとは。
レンジャーと最後にすれ違ったのは午前なので、まずはトレイルヘッドまで上がり、救助を求めるしか無さそうだ。彼(ドイツ人?)はお腹を空かせていたので、おにぎりをあげた。感謝を述べた後は、一気に坂を上がっていった。

トレイルヘッドまで戻ると、彼が連れと思われる若者と話をしていた。その内の2・3名がトレイルを戻り、休憩中の女性を連れ戻しに駆け下りていった。何も大事になって居なければ良いがと思いつつ、帰りのバスを待ち、展望台によってからVisitor Centerに戻った。すると、Visitor Centerで例の彼と再会。「女性は戻ってこれた。その節はありがとう。」と言ってきた。連れであろう女性が傍らにぐったりと座っていたが、何と服装は白い薄手のドレスとサンダル。全くトレイルを歩くのに適さないカッコウで、如何にも体力が無さそうなインドア系の女性だった。よくこんな格好で我々よりも下に下りて行ったその無計画さにビックリしたが、まぁ無事そうで良かった。

そんなこんなで、もう夕方前。どうやら今日は天候が持ちそうな気配なので夕焼けが見れるだろうと踏み、早めに夕食を食べる。ステーキが美味しいという噂のSteak Houseで定番を頼むと特大だった。中々美味しかったです。

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夕食後、再びバスに乗ってホピポイントへ。まだ夕暮れまで時間があるのに、今日は多くの観光客が既に集まっています。到着した時の西の空は、まだ夕暮れで空が焼けるには少し間がありました。太陽が雲に隠れ、まるで開演を待つステージとカーテンのようです。

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太陽が雲の下に顔を出すと、一気に空は赤く染まります。グランドキャニオンは東西に流れているので、東側の斜面が順番に赤く染まっていくのは日の出と全く逆。

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岩肌は刻一刻と赤々と燃え上がっていきます。夕日が沈むまでの短い間、皆感嘆の声を上げながら風景や記念写真を撮ったりと、その感動を連れと分かち合っていました。本当に綺麗です。個人的には、グランドキャニオンは朝日よりも夕日の方が印象的でした。朝日はモニュメントバレーで見たものが最も印象に残ったので。

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夕日が沈みきる頃にはもうグランドキャニオンは真っ暗になります。もし夕日を見るなら、日没の最低30分前にポイントに着くのがいいでしょう。最後は夕日が沈むのを見届け、バスに乗り込みました。

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無事に夕日を見れ、思い残すことも無くラスベガスへと車を走らせました。しかし5時間も掛かり、8時出発で夜中1時にホテル到着。長かった道中はカラオケ大会と化し、眠くなることはありませんでした。

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2006年07月11日

灼熱のLas Vegas/Los Angels

国立公園とは関係ないが、55日間の中休み・友人との再会・娘のためのディズニーランド等々の理由で、Las Vegas経由でLos Angelsに行った。

Las VegasではルクソールというピラミッドとスフィンクスのホテルとLa Parisというエッフェル塔がトレードマークのホテルに泊まり、如何にもLas Vegasらしい派手な電飾を見学したりした。

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がしかし、Las Vegasの夏は殺人的だと聞いていたが、想像以上で本当に死ぬかと思った。日中外に出れば、まるでドライヤーを顔にずっと吹き付けられているような暑さで、100mも歩けばへとへとになる。友人曰く、Las Vegasは昼は寝て夜遊ぶ街だそうな。子連れで行って楽しい所ではなかった…一応商店街のアーケード電飾(思ったよりしょぼい)とかバラジオの噴水ショー(これはやや面白い)も見学。

Los Angelsには5日間滞在。初日は同期留学の2名と久しぶりの再会を果たし、四方山話で盛り上がる。2・3日目はディズニーランドとカリフォルニアアドベンチャーに行った。これは妻子は大喜び。本家ディズニーランドのシンデレラ城が思ったより小さかったり、50周年記念だったので特別の花火や特別のイベントがあったりと楽しかった。(写真はミッキーがクライミングをするイベント)

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フロリダのディズニーワールドの方が、ディズニーの世界を満喫するには良いかも。

それにしてもLos Angelsの日本の店・企業の充実振りは目を見張る。ミツワという日本スーパーはまるでダ○エーで、シアトルの宇和島屋のようにどこかアメリカっぽさを感じる余地は微塵もない。フードコートには山頭火のラーメンや讃岐うどん屋でコシのあるうどんを食べられるのは最高だ。Book Offや牛角、もちろん吉野家もあり、日本のチェーンも多い。あまりの充実振りに、妻が「日本が恋しくなる」というのも分かる気がする…

記録的な猛暑でLos Angelsもとても暑く、少しシアトルも恋しくなった。Long Beachに行ったりと比較的ゆっくりと過ごし疲れを癒した。これからは北上しながらヨセミテやセコイアやクレーターレイクを回ってシアトルまで帰る。あと20日間ほど。長いようで短いものだと感じた。

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2006年07月17日

全米最高峰のホイットニー山と強風のマンザナール日本人強制収容所跡

灼熱のLos Angelsを抜け出し、昨日の晩は北に1時間半のMojaveまで移動。途中、横殴りの風が強烈でハンドルを取られそうだったが、朝起きてもモーテルの周りは強い風が吹いていた。さらに北上して道路を走っていると、山間に大量の風力発電装置を発見。どうもこのMojaveは風が常時強烈に吹く街のようだ。

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今日の移動は長い。Mojaveから北に6時間は走ってMammoth Lakeまで。途中、全米最高峰のホイットニー山とマンザナール日本人強制収容所跡に立ち寄る。

何も無い砂漠地帯を走る14号線を北上すること3時間。昼過ぎにLone Pineの町に到着。Pizza屋で昼ご飯を食べ、ここからMt. Whitneyへ登山道を上がった。

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(登山道の上の方からLone Pineの町を望む)

登山道を最後まで登りきると、そこはMt. Whitney Portalと呼ばれるホイットニー山へ登るトレイルの出発地点。Lone Pineとは全く気候が違い高原のような場所。綺麗な小川や池があり、別天地だ。

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ここからは全米最高峰というMt.Whitney(標高4421m)が望めるが、特に何があるというわけではないからか人の数は少ない。美しい山というよりは、ノコギリ状の峰だ。標高は富士山よりもはるかに高く、Portalの標高でも2548mもある。

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山を下り、今度はマンザナール日本人強制収容所跡に移動。かの有名な日本人強制収容所の跡地が史跡として保存されている。

マンザナール強制収容所(まんざなーるきょうせいしゅうようじょ、マンザナーとも、Manzanar concentration camp)は、第二次世界大戦中に日系アメリカ人が収容された収容所の一つ。正式名称は「Manzanar War Relocation Center(当時の訳語はマンザナール戦時轉住所)」、現在はマンザナール国定歴史史跡(Manzanar National Historic Site)。マッキンリー山を除く北米大陸の最高峰であるホイットニー山(マンザナール収容所の敷地からも、かろうじて見ることが出来る)を含むシエラネヴァダ山脈のふもと、カリフォルニア州オーエンズヴァレー(デスヴァレーに連なる)に位置し、南はローンパイン、北はインディペンデンスに接する。日系アメリカ人が収容された10の収容所の中で最もよく知られている。「マンザナール」とはスペイン語で「リンゴ園」を意味する。

収容所は最も多くて10,046名を収容した。合計では11,070名が収容された。アメリカ全土で日系人110,000名以上が大統領令9066号によって強制的に抑留され、多くはその財産全てを失った。
Wikipediaから引用


ここは全くの荒野で、砂嵐と強風で冬と夏は人が住める環境ではない。壁の隙間から砂が入ってきて、当時収容された日系人は大変な思いをしたそうだ。

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1985年、レーガン大統領(当時)の時代、国立歴史地区National Histric Siteとして認定。現在の資料館と強制収容所跡の保存が始まった。

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資料館では当時の日系人強制収容に至る経緯と、当時の生活の様子が詳しく説明されている。特にビデオ上映が分かりやすいが、常時上映ではないようなので、やってなければレンジャーにリクエストすると良い。辺鄙な場所にあるからかアメリカ人には人気がないからか、我々以外には2・3人の訪問者がいるだけだった。

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収容所は全米に10箇所ほどあったそうだが、マンザナールはその中でも最大規模で最も名の知れた収容所なのだそうだ。マンザナールでは最大1万人に及ぶ日系人を収容。全米では11万人規模で強制収容が行われたそうだ。

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多くの日系人は財産を没収(中には強制収用前に友人に預けた例もあるらしい)された上に、こんな生活に向かない場所に数年間閉じ込められた。収容された日系人は生活改善のために様々な自主活動やレクリエーションを行い、苦しい生活を力を合わせて乗り越えたそうだ。戦争終了と共に僅かばかりの支援金を元に強制収容所を離れた日系人は、戦後一から立ち上がることになったそうだ。
詳しくはこちら

この事件に関して適切な言葉を私は持たない。感情的でバランスを欠いた意見を口にしてしまいそうだ。それでも思うことはこうした事は強制収容とは違った形で今後も起こらないと保証があるわけではない事、そして二度と起こしてはならない事であり、それは日系人だけの話ではなく、日本に住む日本人が世界の中でどのような扱いを受けるか、これも同じく考えておかなければならない事だろう、とは思う。だからこそ、一方的でないバランスが大切なのだ。
もっと多くの日本人、そしてアメリカ人がLas Vegasだけでなくマンザナールも訪れることを願う。

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(写真はマンザナールで亡くなった人々への慰霊碑。)

マンザナールを跡に、シエラネバダ山脈の東側を北上。今晩の宿はMammoth Lakeというリゾート地。この辺りまで来ると、シエラネバダ山脈から森と草原が広がる美しい土地となる。夕食に食べたサーモンのわさびソースがとても美味しかった。

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2006年07月18日

雨のタイオガロード

いよいよ、ヨセミテ国立公園に今日は到着。アメリカ三大国立公園はイエローストーン・グランドキャニオンとこのヨセミテだと言われるそうだ。本来、ヨセミテへは西からアプローチし、サンフランシスコから4時間で行ける距離だ。しかし、私はシエラネバダ山脈を東から越えて通るタイオガロードというパノラマハイウェイを通りたいと思い、マンザナールを経由して東からアプローチすることにした。

Mammoth Lakeからタイオガロードへの登山口があるLee Viningまでは直ぐ。ちょっと北に寄り道してその昔金鉱が発見された町に立ち寄ったが、雨だし有料だし時間も押していたので見学は中止。写真だけ取って帰って来た。

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さて、いよいよタイオガロードだ。あいにく曇り空だったが、どんな道なのかととても楽しみ。登り始めると直ぐに残雪をまとった花崗岩の岩山と氷河の滝と緑が広がる絶景が続く。

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峠を越えると国立公園の入り口があった。ここからはイエローストーンのような森と山の風景が続く。曇っていなかったらずっと綺麗に違いない。

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途中ハーフドームを東側から見るポイントに立ち寄ったりしながら、ライオガロードを抜けるのに2時間は掛かった。シエラネバダ山脈を西に越えると晴れる事をひそかに願っていたが、あいにく曇り空は続いた。

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もう夕方になっていたが、一応バレーの下見に行った。ヨセミテの見所はバレーに集中している。有名なヨセミテ滝は豊富な水量を誇っていた。夏場後半になると枯れてしまうと聞いていたので心配したが、まだまだ大丈夫だったようだ。

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今日の宿は公園南端のWawonaにあるWawona Hotel。ヨセミテ国立公園は広く、中心のヨセミテバレーから1時間も山道を走らなければならなかった。夕食はホテルで食べることにしたので、その前に部屋に荷物を運ぶ。Check-inの際に「ヨセミテは熊が出るので食べ物を車に残さないように」との事だったので、チャイルドシート以外の全ての荷物を部屋に運ぶのは大変だった。
ロッジはとても歴史を感じさせる作りで、部屋もお上品(?)。実は予約の空き状況の関係でトイレ・バス共同の部屋を選んでしまっていたらしく、不便でちょっとこまった。

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2006年07月19日

神々の楽園 ヨセミテバレー

一夜明けて、ヨセミテは快晴となった。朝露が残る緑に晴れ渡る青空で、なんと清々しい朝だろう。今まで巡ってきた荒野と峡谷の国立公園とは随分趣が違う。ヨセミテはどこか、シアトルのあるNorth Westの国立公園と感じが似ている。
写真はWawona Hotelの本館。とても簡素だが、落ち着いた清潔感のある建物だ。

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今日は一日ヨセミテバレーで過ごす。今晩もWawonaに宿泊なので、ヨセミテバレーまで1時間の山道はちょっと遠い。バレー内のホテルが取れなかったのは失敗だった。くねくねした山道は途中片道通行になっていたりしてヨセミテバレーまで1時間は掛かる。

南からヨセミテバレーにアプローチすると、トンネルビュー